浦添国民学校の2年1か月 ~ 命をつないだ疎開 ~

公開日 2016年06月15日

最終更新日 2016年06月15日

 

沖縄で地上戦が繰り広げられた太平洋戦争。
その戦闘が本格化する前の1944年、沖縄では疎開計画が進められていました。
沖縄での戦火から逃れ、次世代の戦力を温存するため。
そして、戦争で足手まといとならないよう事前に退去させるため。
このような理由から学童疎開は実施され、多くの子供たちが沖縄を離れました。

浦添では、浦添国民学校と仲西国民学校の児童たちが九州へ疎開しています。

疎開したから助かった命。
しかし、疎開先での生活は幼い子供たちにとって厳しいものでした。
親元を離れ、遠く九州へ渡った疎開児童たち。
ここでは、浦添国民学校の2年以上に渡る宮崎での疎開生活を紹介します。

 

私の疎開体験記

浦添から宮崎へ実際に疎開した疎開体験者の記録です。

 
   
新城さん

新城 啓重さん(浦添国民学校 第1班)

http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2016032800035/

當山さん

當山 全弘さん (浦添国民学校 第3班)

http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2016040100103/

新垣さん

新垣 サダ子さん(浦添国民学校 第1班)

http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2016032800011/

当間さん

当間 栄安 (浦添国民学校 第3班)

http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2016032800028/

 

お問い合わせ

企画部 国際交流課
住所:〒901-2501 沖縄県浦添市安波茶一丁目1番1号(本庁4階)
TEL:098-876-1234(代表):国際交流係(2611・2612) 広報広聴係(2613・2614)

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