亀甲墓と呼ばれる墓で、浦添市では最大級のものです。

御殿とは王子などの家柄、またはその屋敷等を指します。この墓には浦添王子の子、浦添朝英(1781~1808)とその子朝熹(生没年不詳)をまつってあります。二人とも首里王府の重役を務める一方、歌人でもありました。